2006年
10月
粗野な人間によって不作法に与えられた恩恵は、石のように堅いパンのごときものであって、飢えた者がどうしてもそれを食わねばならなくても、しぶしぶ食うようなものである。
クウィントゥス・ファビウス・マクシムス・ベルルコスス

11月
我々を学者にするのは不潔なだらしのない風采ではない。反対にわざとだらしのない風をするのは知恵の少しも認められない野卑な精神のしるしであって、それでは学問も腐敗を生むだけである。
『スピノザの生涯と精神』(byジャン・マキシミリアン・リュカス、ヨハネス・コレルス)より

12月
どんな天才も同僚たちとは違った角度で世の中を見るが、ここに彼の悲劇がある。
ハヴェロック・エリス「人生の踊り」より

12月その2
世の中でいちばん珍しいものは、識別する心の次にダイヤモンドと真珠だ。
ジャン・ドゥ・ラ・ブリュイエール『人さまざま』より

2007年
1月その1
質が同じで共通しているということが、すべての快適感の源泉である。〈中略〉 だから馬鹿者にとっては、馬鹿者どうしのほうが、あらゆる偉い人をひっくるめた以上に好ましいのである。
『ショーペンハウアー全集14 哲学小品集(X)』「第二〇章 判断、批評、喝采ならびに名声について」より
1月その2
結果を考えずに、是非やれと言われれば、はじめの半年や一年間は存分に暴れてご覧に入れましょうが、二年三年ともなれば、確信はありません。
山本五十六

2月
私そのものが戦いだ。
ジョルジュ・バタイユ

3月
ウィトゲンシュタイン「トラッテンバッハ(彼が教師として赴任した村)の連中は悪党です」
ラッセル「人間はみな悪党だよ」
ウィトゲンシュタイン「おおせの通りです。しかしトラッテンバッハの連中は、ほかのどんな地方の人間より悪党であります」

4月
賢者を認めるには、それだけの賢さがなければならぬ。
ディオゲネス・ラエルティオス『哲人伝』より

5月その1
オリジナリティがあるということは、これまで受け入れてきた規範を超えて進みうる勇気があるということである。
アンソニー・ストー『孤独 自己への回帰』より

5月その2
己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として瓦に伍することも出来なかった。
中島敦『山月記』より

6月
満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよく、満足した馬鹿であるより不満足なソクラテスであるほうがよい。
ジョン・ステュアート・ミル

7月
読者は、いうなれば、梯子を登りきったのち、それを投げ捨てなければならない。
ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』より

8月
名声は川のようなものであって、軽く膨らんだものを浮かべ、重くてがっしりしたものを沈める。
フランシス・ベーコン

9月
あなた方よりまえに人類の半分の注意をすでに独占してしまった、地上の支配者たちと、自分たちをけっして比較してはならない。
アダム・スミス『道徳感情論』より

10月
仮にヘンタイだとしてもヘンタイという名の紳士だよ
『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和』よりクマ吉の発言

11月
志を高く持つ人間にとっては、いかなる困難辛苦も、その目的とするところが輝かしい大業の達成ということに存するかぎり、困難辛苦それ自体を措いて限界というものはない。
アレクサンドロス3世(大王)(アリアノス『アレクサンドロス大王東征記』より)

12月
精神的に向上心のないものは馬鹿だ。
夏目漱石『こころ』より

2008年
1月
宗教の精神が驚異への愛と結びつくと良識は終わりを告げる。
デイヴィッド・ヒューム『人間知性研究』より

2月
ヘタレは臆病なわりには計算高い動物です。好物は無償の慰めと根拠の無いはげまし。餌のあげすぎには注意しましょう。
エロゲ「絶対★妹至上主義!!」より

3月
自分の所説を検討することのもっとも少ない者が一般に自分の所説にもっとも熱烈かつ堅固なのである。
ジョン・ロック『人間知性論』より

4月
どうでもいいじゃないか
紙幣以外の紙の事なんて…
『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和』より

5月
知性で盲目な者は絶対確実にもっとも従属する者、もっとも奴隷である者である。
ジョン・ロック『人間知性論』より

6月
撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。
『コードギアス 反逆のルルーシュ』より

7月
武力によって敵と戦い、これを破ることは勇気の証である。
だが策を用い、戦わずして敵を破ることもまた見識である。
危険を犯さずに勝利を得ることこそ賢明なる将軍がまず一番に絞る知恵である。
ポリュアイノス『戦術書』より


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